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髪の専門家が語る、髪の毛のお役立ち情報
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hair と hairs の違いからみる「髪」と「髪の毛」の違い。髪と髪の毛は同じようであり違わないかもしれません。

当サイトのアドレスは hairs.hateblo.jp なのですが、hairs は hair の複数形です。

髪が一本のときは、とうぜん英語で「hair」です。髪が2、3本というふうに複数あるときは「hairs」と複数形を使う時もあります。

ですが、ヘアスタイル(hair style)や髪色(hair color)といった髪全体を指す場合は「数えられない名詞」となって複数形になりません。

英語はこのように同「 hair」でも、文脈などによっては複数形になったり、ならなかったりするのです。

日本語ではどうでしょうか? 今回はそんな「髪」と「髪の毛」といった細かな違いに関するお話しです。

、記事の一部修正と URL を変更)

「髪」 と 「髪の毛」

日本語では髪型や髪色といった、英語でいうところの「数えられない hair」は「髪」に当たりそうです。

ちなみに、なぜ頭部の毛を「髪(かみ)」と言うのか? それを調べた記事もありますので、そちらもよろしければご参照ください。

これに対して「数えられる hair」で日本語にあてはまりそうなのは「髪の毛」でしょうか。

頭部の毛は昔から「髪」と呼ばれていました。これは「胸」や「眉」といった体の部位の名称と同じだと考えられます。

つまり胸の毛は「胸毛」、眉の毛は「眉毛」です。それと同じように頭部にいっぱいある「髪」の、一本の毛を指して「髪の毛」とすれば、胸毛や眉毛などと同じ用法なので統一感があり、しっくりきます。

つまり髪型や髪色・髪質といった髪全体を指すときは「髪」で、毛髪一本・二本など数えられるものは「髪の毛」と使い分ができます。

これには外国の方が日本語を習う時、「髪」と「髪の毛」の使い分けに困ることがあり、ネットではそれに関する質問がいくつかみられます。

参照リンク:

「毛髪」や「頭髪」など、他の髪を表すことば

先ほどちょっと出てきましたが、頭部の毛の表し方には髪以外にも「毛髪」という表現があります。他には「頭髪」といったものもあります。あと当然「毛」でも「頭の毛」などというように髪を表せます。

"毛髪"は髪と毛をふくめた人体の毛すべてを指す言葉としても使われる場合もあります。その時は他の部位の毛と区別するためにも、頭部の毛は"頭髪"と表現する場合もあります。

ですが基本的に毛髪は頭部の毛(つまり髪)を指すことが多いようです。

そして最後に「毛」ですが、毛は動物・植物をふくめたすべて生物にある糸状の組織を指す言葉です。つまり「髪は毛の仲間であり、同じだ」と厳密には言えます。

ちなみに余談ですが、「頭毛」という言葉もありますが、こちらはあまり使われていない感じがします。やはり頭部の毛は「髪」と、他の部位の毛とは違う特別な感覚が私達の中にあるのと個人的には思っています。

「髪=髪の毛」なのか?

先ほど「髪と髪の毛は使い分けができる」と書いていますが、普通の会話の中ではどうでしょう。これらを意識して使い分けなどしていないはずです。

また、意識していただいたらご理解いただけると思うのですが、髪の毛一本でも「髪」と言っていたり、髪全体を指しているのに「髪の毛」と言ったりしています。

これはどういうことでしょう? それは日本のコミュニケーションのスタイルが高文脈文化だからだと言えるのです。

実は私たち日本人は、単語の意味だけをつなぎ合わせて文の意味を理解するのではなく、文脈全体や、その前後にある文章から意味をくみ取って言語コミュニケーションをする文化だからです。

これは、全体の協調や調和を大事にするタイプの文化で、異民族に触れることが少ない民族で多い特徴たど言われています。

例えば、自分に妻がいるとき「私には妻がいます。」と言います。日本では普通「妻」は一人なので、この文脈から「私は既婚者で、妻が一人います」という意味を表しています。

ですが英語の場合では " I have a wife. " と、わざわざ1人を表す不定冠詞の"a"を付けるのが普通です

海外のような他民族が多く共同で生活している所では、文化の違いによっては妻は複数人おられる民族もあります。つまり、私の妻が1人か複数なのか、ちゃんと言語で伝えなければいけないのです。

これは他民族と触れあうことが多い低文脈文化でのコミュニケーションの特徴で、文化が違う民族が多いため、言語で正確に意味を全部伝える必要があるためです。

話がそれましたが、要は日本語において"髪"という言葉は、その文脈によって「髪」でも髪の毛のように一本二本を指すことこともあり、その逆もあるということなのです。

私たち日本人は、このような使い分けを生まれ育った環境から、意識せず自然におこなっているのです。これが英語圏の方にとって日本語が難しいと言われる原因の一つであり、日本人にとって英語が習得しにくい原因の一つだと言われています。

このように「髪」と「髪の毛」は、日本語においては明確な違いはないのですが、同じとも言えない微妙で不思議なものです。

例えば「スープに髪の毛が入っている」が「スープに髪が入っている」となると、スープに髪の毛先が束になって入っている感じがしますので、違いははっきりしています。

でも「指に髪の毛が刺さった」と「指に髪が刺さった」とでは、どちらも同じように感じます。これは文脈から指に刺さる髪は、髪の毛の一本ないし二本程度だと無意識に理解しているからです。

ただ、眉毛が落ちていても「眉が落ちている」とは言いませんし、意味が通じません。このように意味的に違いが少ない、つまり「毛」が付いていなくても「髪の毛」としても意味が通じるのは「髪」ぐらいです。

髪の毛はやはり、私たちにとって特別なものであると、言えるのではないでしょうか。

出典・参考元リンク
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